アラサーの初マタblog

初マタの備忘録です。先天性股関節脱臼になった事にも触れていきます。

出産体験記②微弱陣痛との闘い、そして出産

先日書いた内診グリグリからの陣痛→入院の続きを書こうと思います。

 

 

病院に着いたのが夜の12時前でした。

 

着いたらまず内診。

 

その時の子宮口は2cm。

ぜーんぜん開いていませんでした。

 

 

いつ産まれるか分からない

痛みがどの位になるのか分からない

という不安と恐怖に耐える夜になりました。

 

とりあえず満潮時を確認。

すると、

朝の9時30分頃と夜の21時30分頃が満潮

干潮が3時30分頃と15時40分。

 

なんとか朝までに出て来ないかなーと呟くと、

 

そんなすぐ出て来るわけないやん。

一日かかりやね!と母。

 

 

という事で、とりあえず母には帰ってもらい、東京の旦那に連絡。

 

旦那もソワソワで、翌朝にまだっぽかったら仕事をしてから来ると。

 

 

おい、早く来いよ!

とイラつきながらも

まぁ1人で頑張るつもりだったので

旦那には全く頼りませんでした。

 

 

内診の時に一緒に着けられたNST

陣痛の波が数値で見えるあれです。

 

私の場合、最初から陣痛の波が5分を切っていたのと、子宮口が全然開いていないことを考えると、微弱陣痛でした。

 

 

ひたすら微弱陣痛に耐える夜になりました。

勿論寝れる訳もなく、ウトウトっとしたらイテテテテ!と陣痛で起こされる過程を朝まで続けました。

 

特に痛みがひどくなる訳でもなかったので助産師さんも呼ばず、ひたすら耐えました。(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

 

 

そして、干潮の3時30分を超えたあたりで、微かな期待を抱きましたが、

全然産まれる気配はなく、9時の満潮を過ぎました。

 

 

割と昔から言われてる説を信じるたちでして、15時以降にお産がなるのかーと思うと途方に暮れました。

 

しかし、待ってはくれない陣痛。

すこーしずつですが痛みが強くなってきました。

 

朝ご飯は勿論食欲がわかず、

一口二口でした。

 

でも、お産の為に体力つけないといけないと、母にウイダーinゼリーを買ってきてもらいました。

 

それでもなかなか喉を通らない!

食欲のなくならない私にとって衝撃的でした。

 

 

そんな辛い陣痛に耐えるなか、

助産師さんから誉められたのはいきみ逃しが上手い事でした。

 

私の入院した病院はソフロロジーを推奨していて、産前からも呼吸法や音楽を聴くことを先生から言われていました。

 

ただ、なかなかソフロロジーの練習に熱は入らず、音楽もほぼ聞いてませんでしたが、

元々ヨガをずっとしていた事が功を奏し

呼吸法だけはなんとか出来ていたと思います。

 

 

お昼を過ぎるといよいよ痛みが本格化してきました。

 

まず、びっくりだったのが

ももが強烈に痛かったことです。

 

陣痛とともに太ももになんとも言えない痛みが襲ってきました。

助産師さん曰く、骨盤が開いている影響なのではという事でした。

 

 

腰というよりももも!!!

 

という感じで、立っているのも座っているのも寝ているのも辛かったです。

 

一番楽だったのは四つん這いや、なぜかお尻をかかとに乗せる体勢でした。

 

 

そして、更にテニスボールを腰にグイーっと押し込んでもらう事で痛みを緩和させて耐えに耐えました。

 

テニスボールでもあんまりだなと思うと母に力いっぱい親指で腰を押してもらいました。

 

 

そんなに痛いのになかなか開かない子宮口。

 

朝昼と食べてなかったので内診台にいくまでもフラフラしだし、ついには車椅子移動になりました。

 

そんな時に母からの一言。

 

「全然運動してなかったからよ!」

 

 

いやいやいや!

初めてやしそんな事分からんやろ!運動してもこうなったかもしれんやんか!

 

と心の中で突っ込みましたが、その時は言い返す気力すらありませんでした。

 

 

 

そんなこんなで耐えに耐え二度目の干潮

15時30分を過ぎ、

もういい加減ええやろ…と思っていた頃、内診があり、子宮口は全開じゃないけどあまりに辛そうだから動けなくなる前に分娩室へ移動しようとなり、

ヨレヨレのまま分娩台へ上がりました。

 

 

もうその頃になるとNSTを見るのも嫌過ぎて、そして、静かになんぞ出来ませんでしたね。

 

「ゔぁぁ、ぐゔぅぅ…」的なうめき声を

上げていた気がします。

 

ただ、またすぐにはいざいきむ!という段階ではないのでひたすら分娩台でいきみ逃し。

 

もうなんか、色々出ていそうな気はしましたが、

 

「でもそんなの関係ねぇ!!」 と

小島よしおの気分です。

 

その頃には母の親指も折れそうなくらいになっていたでしょうね。

 

 

ずっと四つん這いだったんですが右の横向きになってと言う指示がでました。

 

すると、まさかの吐き気が襲ってきて

冷や汗が一気にタラタラ〜っとでました。

 

 

ヤバい、吐きそう…

 

と呟くと反対側の向きにさせられ

またもや辛い。

 

先ほどよりは吐き気が治ったので

 

またそこで陣痛に耐えました。

目の前にはNSTが。

もはやずっと振り切れっぱなしな気がしました。

 

 

そうして1時間が経過。

 

NSTを見ながら、キタキタキターーー!

 

もうその時ばかりは大声で

 

「いっ痛ーーーーい!!!」と自然に叫んでいました。

 

最後はなりふり構わずでしたね。

 

もうそろそろだよー。と助産師さん達に励まされ、母に手を握ってもらい

 

いよいよ会陰切開へ。

 

 

当初は絶対痛くてヤバそう。と思っていましたが

 

やはり周りの経験者の皆様が言うように

その痛みより陣痛がヤバくて痛さを感じませんでした。

 

 

切ってもなんでもいいから早く出してくれ!

 

とそんな気持ちでした。

 

 

また、旦那がその頃空港に着きそうだと話したところ、

どうする?待つ?と聞かれましたが

 

 

無理無理無理!早く!出してください!

と即答しました。笑

 

 

そんなん仕事してた旦那が悪いわ!

と思ってましたね。

 

 

 

最後は吸引で、2,3回思いっきりいきんで

 

 

 

無事、娘爆誕!

 

 

しかも3500gを超えるビックガールで

私と母でびっくり!!!

 

 

とりあえず無事に産まれてきてくれたのと

痛い陣痛が終わったのでホッとしました。

 

 

朝からずっと付き合ってくれた母は

泣いていました。

 

 

私、泣かなかったな。

そんな事よりも終わった解放感で

放心状態でした。

 

 

想像以上に壮絶な出産を終えて

世界中のお母さん、リスペクト!!!と

心から思いました。

 

 

 

その後、色々な処理を始めたところで

プチ事件?発生でまたまた一波乱ありました。

 

 

それはまた次回に。

 

 

 

いやー、久々に出産を思い出して文字にすると

 

痛かったなぁー、ほんとに!

 

と背筋が少しヒヤっとしました!w

 

 

ただ、本当に人は忘却の生き物ですね。

 

痛みがどんなのかは思い出せません。

 

 

だから2人目、3人目と出産する事が出来るのでしょうね。

 

 

あと、やっぱり男の人だったら

この痛みには耐えられない気がします!

 

本当生き死に関わるくらいのすごい事なんだなと改めて思います。

 

 

そしてそんな痛みの中産まれてきてくれた我が子は本当に愛おしいです。

 

これを打っている今、

私の腕で眠るビックガールは

ズッシリ重いけど愛おしくてたまりません。

 

 

 

出産を通して、次に産む時には

 

はい、もっと運動しておこう!と

心に決めたことは母には絶対に言いません。笑